姑の状態と家族構成などなど

まず初めに家族構成とそれに関わる親戚の紹介から…

これがわからないとこれから先、ブログを書く上で読んでいる方がわけわからなくなっちゃうと思うので…(^-^;

私→ ホタル 

旦那様→ 8歳年上

ボク君→ 去年の5月8日産まれ、今は8ヶ月目

姑→ この方が曲者の要介護2判定が出た。

親戚達

田中のおばあちゃん→姑さんのお母さん。ボク君のひいおばあちゃん。ちなみに「田中」は名前ではなく地名…

姑の弟→ うちの旦那の勤める保険事務所の社長であり、おじさんにもあたる。田中のおばあちゃんと二世帯で暮らしています。

姑の妹さん夫婦→ この辺では割と有名な洋蘭店を営んでます。

私の実家→ 両親と大学一年の妹が一人、中三の双子の妹の計三人。ついでに猫2匹

知人・友人

お茶屋の奥さん→ そこそこ老舗らしいのでお店の名前は念のため伏せます(^-^;

お茶屋の息子さん達→ 男二人の兄弟。弟さんは旦那の同級生。弟さんは我が家の隣で飲み屋さんを営んでいます。おいしくて大好きなお店です

仲良しのSさん →姑さんの唯一のと友達と言っても過言ではありません。付き合いが古く 姑さんの面倒を誰よりも見てくれてるかも…                 

主たるメンツはこんな感じ。たったこれだけの関係者の中で、まあいろいろと問題が起こる起こる…(≧ヘ≦)

そして、姑さんの今の状態(できるだけ簡単に)

12、3年前にくも膜下出血で倒れ、その数年後に転んで頭を強打し脳出血になる。

二度とも手術をしていて、その後遺症として

失語症・まったく話せないわけではないが、言葉は片言しか出ない事がほとんど

左半身麻痺・歩けなかったり、物が全く持てない程ではない。震えあり

判断力の低下・いろんな物事を全部わかっているわけではないけど、わからないわけはないという微妙なところ。

こんな感じです…    

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あけましておめでとうございます

年が明けてから、だいぶ日が経ってしまいました(^-^;

何だかここ最近、自分達を取り巻く環境がぐっと変わりすぎてストレスを溜め込む毎日で、ブログの更新にまで手が回らずって感じでした(u_u。)

ところが、先日そんな私の気持ちを変える旦那様の一言が…

旦那様はこのブログの存在は知らないんですが、私が普段パソコンにばかり向かっているのを見て

「毎日の生活をブログにでも書いてみたら?いいストレス解消になるかもよ」

と言ってきたんですw(゚o゚)w

なるほどそうかもしれない、と思いこの度の更新になりました。今までの

「の~んびり妊娠日記」

から

「要介護と育児って?」

と題名も変え、心機一転ブログを再開しようかと思います。

要介護者との同居の大変さ、それに育児の加わるストレス。

それに加えて周りの人たちの反応など、

「経験者でないとわからない事実」

というものを書いていけたらいいなと思います。

こちらのブログは、介護と育児を両立している方はもちろん

身内に介護者はいるが同居していない方!!

に、特に読んで頂きたい内容にしていこうと思います。要介護者の実態というのは実際に同居して経験しないとわからないことだらけです。

頑張って更新していきます、よろしくお願いします。

グチばかりになってしまう可能性もありますが(^-^;

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昨日シナジスの注射に行ってきました

シナジス

普段聞きなれない言葉でなんだそりゃって感じですが、早産や小さいベビちゃんをお持ちのお母様ならお馴染みであろうと思われます。RSウイルスという感染症の予防接種の名前です。

手元にある資料を見ますと、投与対象赤ちゃんは

お腹にいた期間が28週以下で、RSウイルス流行開始時に12ヶ月以下の赤ちゃん

お腹にいた期間が29~35週でRSウイルス流行開始時に6ヶ月以下の赤ちゃん

(流行期間は9月~2月頃とのこと)

その他には、慢性肺疾患を持つ子と先天性心疾患を持つ子も接種の対象のようです。

RSウイルスというのは、先生曰く「ある意味インフルエンザより怖い」感染症だそうで、カゼ症状から始まり、急激に悪化し気管支炎や肺炎、呼吸困難等の症状を起こすそうです。で、我が家のボク君は「29~35週で流行期間に6ヶ月以下」に該当するので、接種を勧められ、もちろんお願いしてきました。

この予防接種、一回の効果が短いそうで毎月打ちに行かなきゃいけないんです…。で、今日はその2回目。おまけに体重が増えてるから薬の量も増えて、2本に分けて打つ事になっていて…(;´д`)

何もわからずに看護婦さんに「うっくん、あっくん」とご機嫌にお話するボク君に先生は何の迷いもなくプスリ…

「フンギャー!!。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。」

「はい、ごめんねぇ。これで終わりかな?って思うと、もう一本あるんだよねぇ」

プスッ

「ギャー!!!!」

ボク君はもちろん大泣き、側にいた看護学生の子までちょっぴり泣きそうな顔。きっとあの子は、看護婦さんになる事ができても小児科を希望しないだろうなぁ(^-^;

大人だって、2本も筋肉注射なんてきついのに(打つ場所は太もも)こんなに小さいのにプスプスやられて可哀想…でも、RSウイルスという怖い感染症を防ぐための大切な注射。2月まで、毎月一回頑張って通わなきゃ!

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7月11日 大好きなばあちゃんさようなら

4月から闘病生活を続けていた私のばあちゃんが、とうとう天に召されました。

最後の最後まで生きようと必死に頑張り続け、最後の五分間は自発呼吸が止まりながらも心臓だけは脈打ち続けていました。

結婚願望のない私を

「お嫁に行く手がないと困る」

と心配し続けていて、今回の結婚を誰よりも喜んでくれたばあちゃん。でも、病気になって式にも出られず、何もしてやれないといつも嘆いてた。

ボク君が産まれた事、そして初めて抱っこした事の全てが本当に嬉しそうで、その顔が目に焼きついて離れない。思い出すと今でも涙、涙…。

考えてみれば、私の結婚はお腹にボク君がやってこなければ入籍と式は8月の予定でした。でも、8月にと決めた数日後に妊娠が発覚。急遽、1月入籍、3月結婚と予定が早まりました。そのおかげで、ばあちゃんが式に出る事はできなかったけど、ドレス姿を見せる事だけはできました。もし、ボク君がこなければ、結婚した姿を見せる事もできないままだった。

そして、ボク君の誕生にも運命的なものが…。式を済ませ、旦那様の家に同居を始めた途端に成長を止めたボク君。急遽、予定してた産婦人科ではなくばあちゃんと同じ市立病院に転院、そして入院。

ボク君の予定日は6月17日だったけど、結果的には5月8日に産まれた。後になって思えば、ばあちゃんが一番元気のいい時に産まれてきてくれたことになる。

6月17日以降のばあちゃんの病状はどんどん悪くなっていて、もし予定日通りの出産だったら、たとえ車椅子に座りながらだとしてもとてもボク君を抱っこなんかできなかった。

もし、順調に成長していれば出産する病院も違っていたし、産まれるのも6月だった。そうなると、ばあちゃんはひ孫を抱っこはおろか、見る事もできないまま逝ってしまってた。発育が止まってしまったおかげで一月以上も早い時期に同じ病院で出産する事になり、同じ病院だからこそ車椅子を押してでも見せて、抱っこさせてあげる事ができた。

もちろん、子宮内発育不全になって良かったと言っているわけではない。

でも、産まれてきたボク君が、1476グラムという極低出生体重児だったにも関わらず、小児科の先生や長年未熟児に携わってきた看護士さん達を驚かせるくらい全身状態が良く、大きさ以外は普通に産まれた子とまったく変わりがなかったと言われた時には運命というものを感じずにはいられなかった。

小さい頃から、親の代わりと言っても言い過ぎではないくらい面倒を見てくれたばあちゃん。その分、たっぷり迷惑もかけた。そんな私が、ボク君のおかげでと言ったら、絶対に変かもしれないけど、でも、結果的にはボク君のおかげで、最高のばあちゃん孝行ができたと思っています。

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6月5日 ボク君退院!

産まれてから約一ヶ月。毎日せっせと母乳を届け、一日限定45分間の面会の日々。

ボク君の体重も順調すぎるくらいに増え、初めの頃はいろいろとその日の状態の説明があったボク君も6月に入る頃には

「順調です、まったく心配ないです」

の言葉が続くようになってた(*^.^*)看護士さんからも

「ボクは頑張り屋さんだもんねぇ(^-^)それだから、保育器からも早くに出れたもんねぇ」

と言ってもらえるくらい、本当に問題なく元気な子。

ボク君より大きいのに、なかなか保育器から出られない子や心電図が外れない子もけっこういて、改めてボク君の元気さに一安心。

そんなボク君、退院予定日は「6月15日」だったのに、あまりに順調なんで、つい二日前、急に先生が

「様子を見て明後日退院しましょうか」

「はい?w(゚o゚)w」

「これだけ元気なら大丈夫!」

とお墨付きをもらい、なんと10日も早い退院となりました。

もう、慌てた慌てた(笑)15日のつもりでいたから、赤ちゃんの支度は7日、8日の土日に準備するつもりでいたのに、急に二日後に帰ってくるとは…!

実家のお母さんも、ばあちゃんの看病なんかで忙しくて、赤ちゃんの支度は同じく土日にと考えていたから、上を下への大騒ぎ。

慌てて西松屋さんに飛び込んで、布団・哺乳瓶・ミルク・ミルトン・おしめ等、最低限必要な物をドカンと4万円分の買い込み

そして、晴れて今日という日を何とか迎える事ができました(^-^;

で、5日当日。ボク君が退院する時、初めに抱っこしてほしいのは絶対にガンで闘病中のばあちゃんにと決めていたので、早速お母さんと一緒に6階の病室にばあちゃんを向かえに行く。

先生から、入院中の経過の説明を受け、看護婦さんからミルクやウンチの様子を聞いたら退院です。

表口まで、看護婦さんがボク君を連れてきてくれて、早速車椅子のばあちゃんにパス!

すかさずお母さんが、携帯で写真をパチリ!

ばあちゃんは、最初で最後であろう抱っこをとても、とても喜んでくれた。

「落とすと困るから」

と言ってボク君を私に渡そうとする目にはうっすらと涙が浮かんでいました

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退院指導と夜中の搾乳 術後4日目

今日は退院指導の日。退院後の生活についてのあれやこれやを指導される日です。まあ、育児書なんかでも読んだ事のある

「お風呂や性生活は一ヶ月検診後、先生の許可が出たら」

とか

「次の妊娠は一年は間を開けた方がいい」

なんていう一般的なお話を聞いた後、助産師さんが

「他に何かある?質問でもいいし、入院生活の話とか出産の時の気持ちとか何でも」

という言葉に、私は昨日から胸につかえていた物を一気に話した。

心の準備もなく手術になってしまったこと。 

普通分娩へ挑戦だけでもさせてほしかったこと。

お腹からいなくなってしまった寂しさ、他の妊婦さんがうらやましくなってしまったこと。

等、一気に話した。話しながら涙が止まらなくなってきて、恥ずかしながら助産師さんの前で大泣き。でも、そんな私を助産師さんはギュッと抱きしめてくれて

「悪いことしちゃったね、そうだよねぇ、初めての出産とかって一生引きずっちゃうもんね。ごめんね」

と、すごく優しく言葉をかけてくれた。本当なら「ごめんね」なんてとんでもない。ボク君はちょっとしたお腹の張りでも心拍が下がっていて、とても普通分娩に耐えられる状態じゃなかった。それをわかっていながら、わがままを言う私の気持ちをわかってもらえた事がすごく嬉しかった。病室に戻っても涙は止まらなかったけど、涙と一緒に吹っ切れていくものがあった。

その日の夜、出産して4日もたつと、胸の方もかなりパンパンで痛いくらい。自分でせっせと絞るけど、まだまだ搾乳一年生、パンパンの胸を柔らかくできる程上手に絞れない。そんな状態を見た助産師さんが

「後で絞ってあげるから」

という事になり、消灯過ぎに処置室へ。昼間の助産師さんと当直の助産師さんは違ったけど、申し送りで昼間の事を聞いていたみたいで、マッサージをしながらやんわりと話題が出産の事に…。私は、自分が悩んでいた事、昼間の助産師さんといろいろ話した事等を話した。すると、マッサージをしてくれていた助産師さんが

「毎日、何年も仕事しているといろんな出来事があるの。ついさっき心音に確認をして元気に動いていた子が30分後に亡くなっちゃったなんて事もあった。その時も「何で?さっきまであんなに元気だったのに…」って思って辛くてね。帝王切開はどうしても嫌だって言って、結局赤ちゃんが死んじゃった例もある。特にここはハイリスク出産が多いから、元気に産みたくても産めなかった人はいくらでもいるの。だからね、赤ちゃんもお母さんも元気で産めた事、暖かい体温のある赤ちゃんを抱きしめられる事、それって本当に幸せなことなんだよ」

と、涙ながらに話してくれた。産んだ時の状況がどうのとか、早くに出されちゃったなんて事にウジウジ悩んでいた私にはガツンとくる話ばかりだった。

「ごめんね、こんな話しちゃって」

と申し訳なさそうな助産師さんだったけど、何の何の、今の私には昼間の助産師さんとの話も合わせると、気持ちが元気になる要素がいっぱい、気持ちをがっちり切り替えるには十分すぎるくらいの一日にでした(*^.^*)

この日を境に、私の子育ては晴れやかなスタートを切ったように思います(v^ー゜)

この病院に転院になり、入院なんて時にはどうなる事かと思ったけど、この病院で出産できて本当に良かった。

また、この病院で…といきたいところなんですが、何と3月で産婦人科医の引き上げが決定していて、今のままでは閉鎖は決定的。すでに、出産が3月を超える新規妊婦さんの受診が制限されてしまっています。産婦人科不足は人事じゃないと実感する今日この頃です

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不規則な更新で、すみません

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5月10日 術後2日目

たった二日、されど二日。人間の回復力にはびっくりw(゚o゚)w 

「いててて…」

なんて言いながらも、昨日より格段に動けるようになってる。昨日は掴まらなければ歩けなかった手すりとは、もう今日はさようなら。立派に一人立ちできました(笑)

そんなわけで、術後、わがままを言って使わせてもらった個室から元いた大部屋に帰る事に決定。

ここの病院のシステムでは、私が元いた病室は「産科部屋」と言われていて、主に出産までに問題のある人が入る部屋。で、出産をした人は基本的に「お産部屋」と呼ばれる別の部屋に行く事になってるみたい。

でも、私みたいに出産はしたけど赤ちゃんが入院してしまって手元にいない人は、希望すれば産科部屋に戻る事もできるというので、もちろん今まで知った顔のいる部屋に戻る事に決定。

一人部屋に寂しさを感じ初めていただけに、ウキウキ気分で大部屋に引越し。

「あ~、ホタルさん、どう?大丈夫?傷、痛いでしょう(>_<)」

「赤ちゃんは元気?」

等々、口々に言葉をかけてくれる。

(あ~、帰って来て良かったヽ(´▽`)/)

でも・・・・・・ふと気が付けば皆は今まで通りの大きなお腹。当然の事だけど、私のお腹は空っぽ。つい2,3日前まで、皆と一緒に赤ちゃんが動いたとか大きくなったとか話し合っていたのに、何だか私だけ仲間外れな気分。

その前に、私の赤ちゃんは6月17日までお腹にいるはずだったじゃん。

何でいないの?

何で出しちゃったの?

私、陣痛きてなかった。

赤ちゃんから、出してっていうサインは何一つなかった

なのに、突然、お腹を切られて無理やり出されてしまった

もちろん、出してというサインは成長曲線等ではっきり出ていたし、その説明もきちんとしてもらって納得していたし、産んだ事に後悔もなければ、自分の母親も同じ帝王切開だったから、普通分娩でない事に引け目も感じていない。

なのに、皆の大きなお腹を見ていたらお腹からいなくなってしまった寂しさがとんでもなく込み上げてきた。

数日前、私と同じように赤ちゃんが入院しているからと、ここの部屋に帰って来たSさんなは、一分でも一秒でも長くお腹に留めておきたいからって言われて、陣痛室までウテメリンもマグセントも外してもらえなかったなんて言っていたのに、私の場合は

「一秒でも早く出した方がいい」

と言われて無理に出されちゃった。

そんな事ばっかりグルグルと考えて、消灯過ぎのベッドの中で声を殺しながら泣き続けた二日目の夜でした。

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慰めの一票を

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5月9日 術後1日目

翌朝、目覚めると早速看護婦さんが清拭に来てくれて着替えもさせてくれてすっきり。体もだいぶ動かせるようになってきてる。

(少しでも早く動き始めなきゃ・・。午後には、赤ちゃんに会いに行かなきゃいけないし、癒着も防ぎたいし)

と思って、ベッドの上で動かせる部分だけモソモソと一生懸命動く。

10時頃。尿カテーテルが抜ける。で、その後先生の回診。傷口やらその他所見をチェックしてもらい、背中に入っている管を抜いてもらう事に。私は、この時初めて背中に管が入ったままなのを知りました(^-^;

知らなかったとは言え、抜いてもらえばもらったでかなりすっきりo(*^▽^*)oこれで、一回目のトイレだけ看護士さんと行けば、後は自由のみだψ(`∇´)ψ

と、喜んでいたのも束の間…。背中の管=痛み止めと知らなかった私。だんだん強くなる痛みに

(これはやばい!( ̄Д ̄;;)

ってな感じ。でも、動かなきゃいけないので体を二つ折りにして廊下の手すりに掴まりながらソロリソロリと歩いていたら、看護士さんが

「痛み止め入れてあげるよぉ。そこまで無理して我慢しなくてもいいんだよ~」

だって。早く言えば良かった(^-^;確かに、痛み止めを入れてもらったら動きやすさは天国と地獄。よしっ、これで午後はばっちりあかちゃんに面会に行けるぞ(v^ー゜)

そして午後。旦那様と一緒に赤ちゃんの面会へ。

言い方は悪いけど、枝切れみたいに細々して色も黒めの赤ちゃんが心電図や点滴に繋がれて寝てました。

1476グラム

本当にちいちゃい、ちいちゃい赤ちゃん。足の太さなんか私の親指と同じくらいしかない。でも、不思議と小さく産んでごめんねとか、この子は大きくなるんだろうかっていう不安は一切感じなかった。普通に

「大きくなったら、一緒に帰ろう」

っていう感じでした。

看「お母さん、とにかくたくさん触ってあげて」

と、保育器の窓を開けてくれた。恐々と手を差し入れてタッチ

「こっ、怖い!」

本当に、骨と皮しかない赤ちゃん。何だか触ると壊れちゃいそう。でも・・・

「本当にこの子はちっちゃいけど、すごく元気な子だよ~」

とニコニコの看護士さん。聞けば、ここの病院では基本的に1500グラム未満の赤ちゃんは静岡県立子供病院に搬送する事がほとんどなんだけど、うちの子の状態がとっても良かったから、このまま市立病院で見てもらえる事になったみたい。

不幸中の幸い

本当に小さいだけで、肺の機能も何もかも普通に産まれた子と引けを取らない元気な子だそうです、良かった、良かった(*^-^)

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5月8日

「おはよ~、ホタルさ~ん。採血させてぇhappy01

(うわっ!きた!お目覚め採血!shock

寝ぼけながら左手を差し出す。

「あら?こっちがいい?はいはい」

と看護婦さん。いつものように左手にプスリ。

「はい、これで押さえて~」

(ね・・・眠い・・・)

眠さと戦いながら脱脂綿で左手を押さえる、と・・・

「あれ困った!押さえる所違ったかも!」

見ると脱脂綿は真っ赤。急いで当ててもらったティッシュもまた真っ赤。あちゃ~・・・

その腕を見て看護婦さんてば

「止まるといいね」

と言いながら立ち去った。(おいおいcoldsweats01

てな感じで始まった素晴らしい一日。何かここまでくると、もう何日でも入院してやるさという変な覚悟ができ始めてて、これから暑くなるのに備えて夏用マタニティパジャマや、追加のシャンプー・リンスも旦那様に追加発注のメールしながらいつものようにモニター。

結果は

「う~ん。ちょっと他の先生と相談してみます」

おっと、いつもと違うぞ、と思いながら6階のばあちゃんの元へ。あ~だこ~だといろいろ話し

「じゃあ、また明日くるねぇ(◎´∀`)ノ」

と言い残し部屋へ戻るべくエレベーターに乗る。で、4階の婦人科に着いてドアが開いた途端に

「6階だ、6階!dash

「電話してみる?!sweat01

という看護婦さん達の声。

(やばい!絶対に私を探してる!またやっちゃたsweat01

慌てて自分のベッドに戻ろうとそそくさと歩いて行くと

「あれ?ホタルさん?ホタルさんだよね?」

「はい・・・」

「いた、いた!いたよ~!」 「ああ、良かった!」

(えっ?何事ですか?)

と、オロオロする私にはお構いなしでナースセンターの奥へご案内。そこには主治医の先生が待機。何か大事っぽいなと思いながら着席。

「ええとですね、今日のモニターの結果を先程、部長や他の先生達と相談した結果、もう出した方がいいだろうという事になりました。と、いうわけで、これから手術します」

えぇ~~(°°;)))オロオロ(((;°°)~

一瞬何を言われたか理解できなかった。

「あ、あの、今日ですか?sweat01

「そうです、今日です」

何かに助けを求めたくて周りを見渡すと、こんな事になってごめんねという看護婦さん達の表情がいくつも目に入った。で、まだ同意書のサインなんかもしてないけど、準備だけはするみたいで

「赤ちゃんを元気なうちに産む最善の方法だから、大丈夫だから」

等々、数え切れないくらい励ましと安心できる言葉をかけてもらいながらも、ザクザクと手術に向けての準備が始まる。その早い事、早い事。

「点滴をするから血管確保するねぇ」

「あっ、私、血管が細いから・・・・・・・」

(手首の所じゃなくて、手の甲でお願いします)←かき消された言葉

「そうですか?」

ブスリ!その瞬間、腕中にビリリっと痺れるような痛み。あああ、先が思いやられるぅ。

あっと言う間に、私は術着になり点滴をされ、血圧が高いという理由で車椅子に乗せられエックス線・心電図とガラガラと連れ回され、とりあえず開放されたのが一時間後。車椅子で部屋まで送ってくれると言うけれど、元気なのに恥ずかしいから飛び降りて自分のベッドに走って逃げたcoldsweats01

そこへ、また手の空いた看護婦さんが同意書と手術の説明に来てくれて、最後に手をギュッと握って

「絶対に大丈夫だから、赤ちゃん元気だからお母さんも頑張りましょう!」

と励ましてくれたんだけど、握ってくれた場所は血管が確保されてる場所。顔で笑って心で

(ぎゃーwobblyいてぇーwobbly

ってな感じ。こうして、手術の時間がやってきました。

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5月8日 その2

午後4時半。

「じゃあ、ホタルさん行きましょうか」

また車椅子に乗って、手術室へ。途中、陣痛に苦しんでいる妊婦さんとテニスボール片手に付き添う旦那さんに遭遇。何だか普通に産める人が妙に羨ましくなって

「私もあれやりたかったな・・」

と何気につぶやいたのを迎えの補助さんが気がついて

「そうだねぇ。でも、赤ちゃんとお母さんが元気でいられる出産が一番だからね」

と慰められた。エレベーターが閉まる瞬間に電話をし終えた旦那様が見送りに来てくれて

「じゃあ、行ってくるね」

と手を振っていざ手術室へ。

手術室へ入った途端、「宇多田ヒカル」のカップヌードルテーマ曲が流れ始めた。本当なら好きなCDを持ち込めるんだけど、私のような緊急組は先生の趣味のCDがかかる。

(先生は宇多田が好きなのか)

と思いながら自力で手術台へ。その後はまな板の鯉状態。あっという間に、血圧測定器やら酸素の管等々の装着完了。

「おっ、もう来てたんだ。早かったね」

という先生の言葉で準備開始。これ以上無理というところまで海老のように背中を丸めて麻酔の処置終了。冷たい脱脂綿をあちこちに当てて、冷たさを感じなくなったところで準備はオッケー。

先・「はい、ではよろしくお願いしま~す」

看「お願いしま~す」

と言って術式開始。何かテレビドラマの手術みたく固い感じは一切なくとってもフレンドリー。お陰で余計な緊張をしなくて済んだ。

看「は~い、頭出たからねぇ」  (マジ!?うお~、見たいっ)

助産「赤ちゃんの状態が良かったら見せてあげられるからね」 (ああ、そうか・・despair

看「はい、出ますよぉ」  (おっ!)

「オギャー、オギャー!」  (良かった、泣いてる!(・∀・))

しばらく赤ちゃんの処置するらしき音や雰囲気が続き

助産「はい、どうぞ~」

見せられた赤ちゃんは、ちっちゃいけどすごく元気に泣いていて、泣かずに産まれてきた妹の事を思うとまずは安心だな、と妙に落ち着いていた自分。

助産「じゃ、連れて行くねぇ」

と、赤ちゃんは一足先に手術室を出て未熟児室へ。

その後は、寝る薬を入れてもらったので、気がついた時には手術終了直前。朦朧とする意識の中、産婦人科の看護婦さん達のお迎えベッドに移され、手術室を出ると私のお母さんがベッドに走り寄って来て

「よく頑張った、えらかった、えらかった。ごめん、始まるのに間に合わなかった」

と申し訳なさそう。私は、ボーっとして頷くのが精一杯でした。

部屋に戻ってしばらくすると、未熟児室に呼ばれていた旦那様が帰って来たと同時に

「ちぃ、出して良かった」

といきなり一言。これ以上お腹に置いておけば間違いなく胎内死亡していたとの事(゚o゚)

(それじゃあ、手術した甲斐もあったな。名誉の負傷だ)

と思いながら眠りにつきました。

でも・・・夜中にあまりの痛みに目が覚めて、ちょうど巡回に来た看護士さんに痛み止めを入れてもらいました(^-^;

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